「吉野山」は古来から桜の名所として、知られています。1594年に豊臣秀吉が5,000人を伴いお花見を行ったとの記録があります。吉野で桜は御神木として、金峯山寺(きんぷせんじ)の参詣者から献木が続き、桜のお山となっていきました。『万葉集』で吉野山は「御金の嶺」(みかねのみね)と詠まれ、吉野山の奥は「金御嶽」(かねのみたけ)と呼ばれていました。「金御嶽」(かねのみたけ)の名称は、金属と所縁があります。吉野山最高峰の「青根ヶ峰」(あおねがみね・858m)直下には、金精大明神(金山毘古神)を祀る金峯神社(きんぷじんじゃ)があり、古代から鉱物が産出されていました。
いざ、吉野山へ
近鉄吉野線終点の吉野駅を降りると、ロープウェイ乗り場(千本口駅)が現れます。このロープウェイは、昭和4年開業の日本最古のロープウェイ(機械遺産認定)です。そのロープウェイに乗れば(体力はいりますが、忽ち吉野山の山上に到着します。(ロープウェイの千本口駅横を通り過ぎて、そのまま「七曲り」という、坂道を徒歩で登るのも、楽しいですよ。)
暫く歩くと、黒い門が見えてきます。この門は「吉野の顔」である金峯山寺(きんぷせんじ)の総門です。この門は、「大名も馬から降りて通った。」と、言われています。この黒門を潜ると、「吉野にやって来たなあ!」という感じが、ひしひしと湧いてきます。
銅の鳥居(かねのとりい)は、修行の第一歩
更に、暫く歩くと、「銅の鳥居」(かねのとりい)が見えてきます。日本三大鳥居の一つ(他は、四天王寺の石の鳥居、厳島神社の木の鳥居)で、銅製なので「銅の鳥居」(かねのとりい)と、言われています。本来は「発心門」(ほっしんもん)という名前です。この「発心門」から先に、「修行門」(金峯神社鳥居)、「等覚門」(大峯山寺付近)、「妙覚門」(大峯山寺山門)と続きます。修行のお山なので、奥に行くほど、修行の段階も上がっていきます。鳥居の扁額(へんがく)には、「発心門」(ほっしんもん)の記載があります。
「吉野なる銅の鳥居に手をかけて弥陀の浄土に入るぞうれしき」初めて修行に入る際には、銅の鳥居に手を添えて、この和歌を唱えながら、周回します。修行の決意(発心)を和歌に託して、表明するのです。修験道では、このように要所要所で、和歌に託された口伝があります。場所によっては、和歌が不明なところもあるようです。修行の決意を胸に秘め、暫く進むと、「青木酒店」が見えてきます。吉野の地酒「やたがらす」は、美味しい日本酒です。しかし、仏道修行では、飲酒はご法度。在家でも、「不飲酒戒」(ふおんじゅかい)が存在します。仁王門が見えてきました。(現在、修理中)いよいよ、世界遺産金峯山寺(きんぷせんじ)とのご対面です。
世界遺産 金峯山寺(きんぷせんじ)
発祥といわれ
金峯山寺は、修験道の開祖、役行者の開基と言われています。彼は、山上ヶ岳(さんじょうがたけ)で蔵王権現(ざおうごんげん)を感得(かんとく)し、それを山桜の木に刻みました。その山桜の木像は、山上ヶ岳(大峯山寺)でお祀りされていましたが、入山不可能な時期や女人禁制もあるため、吉野山でもお祀りするようになりました。これが金峯山寺の発祥の由来です。(大峯山寺を「山上」(さんじょう)の蔵王」、金峰山寺を「山下」(さんげ)の蔵王と言います)これは、最初にも書きましたが、桜が吉野で御神木となった由来でもあります。
国宝 蔵王堂(本堂)
境内に入ると、まず目を引くのが「蔵王堂」(国宝)です。1592年(天正20年)に再建されたものですが、古い木造建築の中では、東大寺大仏殿に次ぐ、大きさを誇っています。「吉野山の顔」的存在です。山上の荘重なお堂は、どの季節においても、絵になります。御本尊は、お名前そのままの蔵王権現様です。蔵王権現様がいらっしゃるので、蔵王堂です。毎日、朝(6時30分)と夕(16時30分)には、ここで勤行が行われています。御本尊(蔵王権現)の特別開帳期間を除いて、無料で参列できるので、お時間の合う方は、ご参加をお勧めします。(朝の勤行が良いですよ!)
蔵王権現(ざおうごんげん)
蔵王権現、役行者によりご出現
正式には金剛蔵王大権現(こんごうざおうだいごんげん)と言います。山上ヶ岳で、役行者が感得(かんとく)した、日本独自の仏様です。インド等、諸外国には見受けられません。
役行者が山上ヶ岳で千日参籠の末、守護仏を祈念した際に、「山上ヶ岳の湧出岩から出現された」と、伝えられています。平安時代の『役行者本記』(えんのぎょうじゃほんぎ)では、蔵王権現が偈を唱えて、単体で出現しています。江戸時代の『役君形成記』(えんくんけいせいき)では、弥勒菩薩、千手観音、釈迦如来、蔵王権現という順番で出現し、同じく江戸時代の『役君徴業録』(えんくんちょうごうろく)では、弁財天(天川村の天河弁財天へ)、地蔵菩薩(川上村の金剛寺へ)、蔵王権現という順番で出現しています。金峯山寺の案内では、『役君形成記』の立場を、取っているようです。
出現している諸仏の種類やその数に違いはありますが、このことは、柔和な相の仏様が退けられ、忿怒(ふんぬ)の相の蔵王権現様が求められたことを示しています。荒んだ衆生(しゅじょう、迷えるもの)を救出するためには、柔和な相で優しく諭しても、素直に受け入れられそうにもありません。忿怒(ふんぬ)の相と所持する武器(三鈷杵、さんこしょ)で、威嚇することにより、心の闇が打ち破られ、良い方向へと導いていくことができるようになります。
三体蔵王権現像の秘密
蔵王堂には、三体の蔵王権現が祀られております。左の像内に1590年(天正十八年)の墨書銘があり、宗因仏師によって作成されました。三体は、重要文化財に指定されています。
三体は向かって中央(7.2m)が過去、右(6.15m)が現在、左(5.92m)が未来を表しています。それぞれが、過去に悟られた釈迦仏(中央)、現在の音を観る観音菩薩(右)、未来に悟られる弥勒菩薩(左)に対応しています。三世三体の本地仏です。これは、蔵王権現が、過去、現在、未来の三世にわたって、迷える衆生(しゅじょう)を救済されることを示しています。通常、蔵王権現は、秘仏として非開帳で見ることができませんが、特別開帳時には、立派なお姿を見ることができます。
特別開帳時は、尊像の前が小部屋に仕切られ、尊像と一対一で対面できます。(もう少し近くだったらと思います。)他の参詣者も順番待ちをされているため、長時間の対面は難しいのですが、貴重な機会でありますので、対面懴悔(さんげ)をお勧めします。私は「懴悔 懴悔 六根清浄」(さんげさんげろっこんしょうじょう)と唱えながら、「今ここ」である現在との対峙が一番重要と考えておりますので、右側の権現様と対面しました。現在、「仁王門」修理の勧進の意味合いもあり、春と秋に特別開帳が行われています。いつまで継続されのるかは不明ですが、ご対面のチャンスを、逃さないようにお願いします。
実は隠されていた、四体目の存在とは?
蔵王権現の金剛蔵王大権現のお名前を紐解いていきます。「金剛」は密教でいう金剛界を、「蔵」は胎蔵界を表しています。「王」は統べるということを表しており、、金剛蔵王大権現というお名前は、金剛界と胎蔵界の両方を統一しているということを表しています。
金剛界と胎蔵界を統一しているのが蔵王権現ということになりますが、一般的にその役割を担われているのは大日如来です。そこで、蔵王権現=大日如来ということになります。ここに、隠された四体目の仏様が見出されます。このように蔵王権現は、大日如来、釈迦如来、観音菩薩、弥勒菩薩の四体のパワーを兼ね備えた存在ということができます。
蔵王権現、そのお姿と意味
蔵王権現のお姿とその意味について、まとめてみました。
部位 | 特徴 | 主な意味 |
身体 | 青黒色(しょうこくしょく) | 慈悲と降魔 |
右手 | 三鈷杵(さんこしょ)→武器 | 天魔調伏、仏法護持 |
左手 | 刀印(とういん)→印相(手指の形) | 煩悩打破、悪魔降伏、国土鎮護 |
左足 | 盤石(ばんじゃく)を踏み締める | 地下悪魔と大地抑制、災難鎮静 |
右足 | 大地を蹴る | 天地間の悪魔祓い、宇宙での躍動 |
背後 | 火炎光背~火炎の背景 | 煩悩焼失、大智慧発現 |
目 | 瞋恚眼(しんいがん)~怒りの眼差し | 威嚇、悪魔降伏(粉砕) |
口 | 牙 | 威嚇、悪魔降伏(粉砕) |
蔵王権現様と仲良くなろう!
御真言
蔵王権現と修験道に関連が深い、ご真言を挙げておきます。
諸仏 | 御真言 |
蔵王権現 | おん ばさらくしゃ あらんじゃ うん そわか |
役行者 | おん ぎゃくぎゃく えんのうばそく あらんきゃ そわか |
不動明王 | なまく さまんだ ばさらなん せんだろまかろしゃな そやたら うんたらた かんまん |
大日如来 | おん あ び ら うん けん(胎蔵界) おん ばざらだと ばん(金剛界) |
いきなり不動明王が登場して、驚かれた方が多いかと思います。先程、「蔵王権現は、大日如来と同格である」とのことを、説明させて頂きました。実は、大日如来は、不動明王でもあるのです。正確には、不動明王が大日如来の化身とされています。このことを「教令輪身」(きょうりょうりんじん)と、言います。そこで、不動明王=大日如来=蔵王権現となり、これらの関係性の深さがわかります。山伏(修験道)は、山岳を、曼荼羅(まんだら)と見立てて、その世界に入って修行します。その世界の中心には、大日如来=不動明王=蔵王権現がいらっしゃるという構図になっています。
御真言は、通常、三遍から始まり、七編、二十一遍、百遍と唱えていきます。ご真言を唱え続けると、個人差はありますが、一種の変性意識の状態となります。これは瞑想にも似た境地ですので、蔵王権現様を身近に感じることも、起こってきます。蔵王権現様とのご縁を更に深めたい方には、「千人結縁灌頂」(せんにんけちえんかんじょう)や「在家得度」(ざいけとくど)という儀式もあります。
結縁灌頂(けちえんかんじょう)で縁結び
「千人結縁灌頂」(せんにんけちえんかんじょう)とは、蔵王権現と深い縁を結ぶために、蔵王堂に入檀して、蔵王権現の智慧と慈悲の香水(こうすい)を頭頂に注いでもらう儀式です。本来は、密教の儀式で、金峯山寺では、コロナの関係もあって、2023年度に6年ぶりに開催されました。(次回の開催は未定です)
「灌頂」(かんじょう)には、下記の3種類があります。
種類 | 内容 |
結縁灌頂(けちえん) | 守り本尊を決め、ご本尊とご縁を結ぶ儀式(灌頂) |
受明灌頂(じゅみょう) | 密教の本格的修行のため、弟子の資格(三昧耶戒)を得る儀式(灌頂) |
伝法灌頂(でんぽう) | 密教の奥義を窮め、弟子を持つことを許される資格(阿闍梨)を得る儀式(灌頂) |
一般の方は、ご本尊(金峯山寺では蔵王権現)とのご縁を深める、「結縁灌頂」(けちえんかんじょう)を行うことになります。因みに、高野山金剛峰寺では、年2回「結縁灌頂」が行われています。(また、金剛峯寺の回で紹介しますね)
「在家得度」(ざいけとくど)で修行者デビュー
「在家得度」(ざいけとくど)とは、出家しないで仏道修行者の道を歩むことです。修験道は在家仏教の道であり、開祖の役行者も在家の修行者でした。役行者のご真言「うばそく」(優婆塞)には、役行者が男性の在家仏教修行者であることを表しています。(因みに女性の在家仏教修行者のことを「優婆夷」(うばい)と言います)
金峯山寺は、金峯山修験本宗の総本山です。在家修験道の宗旨を反映して、多くの在家の方を受け入れておられます。これから、在家修行をお考えの方は、検討されると良いでしょう。もちろん、得度されなくても在家なので修行はできるのですが、それではできることに限界もあります。(護摩行とかは、個人では無理そうです)金峯山寺では、そんな在家の方のために、得度式が定期的に開催されております。他に修験体験もありますので、ご興味のある方は、お寺へとご相談されると良いでしょう。
脳天大神(のうてんたいじん)龍王院
金峯山寺境内より、階段を降りて進んでいくと、脳天大神龍王院があります。道中にも、役行者や不動明王などがおられます。金峯山寺より低い谷間にあるのですが、近くに渓流があるためか、清浄感は増しています。蔵王権現様が、頭を割られた蛇として顕現されたのを、五條僧正が感得されたことが発端で、昭和に創建された神社です。依代の御鏡に向かって、お賽銭を入れ、二礼二拍手一拝をします。御祈祷を依頼すると、修験僧が読経、ご真言を唱えられる、なんとも不思議な空間です。(神仏習合です)
「脳天大神」の御真言は「オン ソラソバテイエイ ソワカ」で、弁財天様と同じです。蛇神様は水の神様でもあり、弁財天様にも通じています。蔵王権現様も、弁財天様と関連していましたね。(先述)「脳天大神」のお名前通り、首から上のご利益であり、受験等のお願いが多いようです。私も卵をお供えしてきました。帰りの登りは、かなりきつくなりますが、来られる方が少ないので、立ち寄られることをお勧めします。
金峯山寺、吉野山へのアクセス
公共交通機関
〇大阪方面から
・近畿日本鉄道(近鉄)南大阪線「大阪あべの橋」駅→吉野線「吉野駅」下車
(近鉄特急ご利用で約1時間20分)
〇京都方面から
・近畿日本鉄道(近鉄)京都線「近鉄京都」駅→橿原線「橿原神宮前」駅(お乗り換え)→吉野線「吉野」駅下車
(近鉄特急ご利用で約1時間40分)
〇名古屋方面から
・近畿日本鉄道(近鉄)名古屋線「近鉄名古屋」駅→大阪線「伊勢中川」駅→大阪線「大和八木」駅(お乗り換え)→橿原線「橿原神宮前」駅(お乗り換え)→吉野線「吉野」駅
(近鉄特急ご利用で約3時間)
〇近鉄吉野線「吉野駅」から
・「七曲がり」を徒歩(登山)約20分
・吉野大峯ケーブル自動車「千本口」駅→「吉野山」駅 約3分(運行休止の場合がありますので、HPなどで確認下さい)
〇「吉野山」駅から
・金峯山寺まで、徒歩約15分
自家用車
〇大阪方面より
・大阪市内→松原JCT(阪神高速14号松原線)→三原JCT(阪和道)→葛城IC(南阪奈道路)→小房(おふさ)右折(大和高田バイパス)→土田(つちだ)左折(国道169号線)→吉野橋北詰右折右折→吉野大橋を渡って吉野山へ
〇京都方面より
・京都市内(国道24号線)→城陽IC(京奈和自動車道)→木津IC(奈良バイパス)→郡山(橿原バイパス)→橿原北IC直進(国道24号線)→新堂ランプ左折→雲梯(うなて)直進(大和高田バイパス)→お房右折(大和高田バイパス)→→土田(つちだ)左折(国道169号線)→吉野橋北詰右折右折→吉野大橋を渡って吉野山へ
〇名古屋方面より
名古屋市内(名古屋高速5号万場線)→名古屋西JCT(東名阪自動車道)→亀山IC(名阪国道25号線)→針ICを左折(国道369号線)→途中、榛原駅方面へ右折(国道369号線)→萩原を左折(国道370号線)→内原を左折(国道166号線)→拾生直進(国道370号線)→三茶屋を右折(県道28号線)→河原屋西を左折(国道169号線)→吉野橋北詰右折右折→吉野大橋を渡って吉野山へ
〇駐車場
・下千本駐車場(吉野山観光駐車場)
住所:奈良県吉野郡吉野町吉野山24-1
*桜、紅葉の期間以外は終日無料
下千本駐車場から金峯山寺まで、徒歩約20分
金峯山寺(きんぷせんじ)
郵便番号 | 639-3115 |
住所 | 奈良県吉野郡吉野町吉野山 |
拝観時間 | ・本堂蔵王堂:午前8時30分~午後4時 ・塔頭脳天大神龍王院:午前8時30分~午後4時 |
拝観料金(通常時) | ・大人:800円 ・中高生:600円 ・小学生:400円 |
拝観料(秘仏開帳時) | ・大人:1,600円 ・中高生:1,200円 ・小学生:800円 |
問い合わせ先 | 0746-32-8371 |
金峯山寺周辺地図
まとめ
吉野山は、紀伊半島を縦断する大峯山系「修験道の聖地」の入り口に当たります。現在は、桜の名所として、鉄道で麓まで簡単にアクセスできますが、歴史的にはそういうこともなく、天武天皇や源義経等が身を隠せるようなところでした。現在も、金峯山寺を中心に修験者の修行が続いており、自然に囲まれた土地の持つエネルギー感は、清浄さを醸し出し、自己洞察や自己分析に取り組むには、素晴らしいところとです。早朝読経後の散策ワークは、なかなか良いものです。